ほめることの違い
先日、ある交流会でこんなことを言われました。
「ほめほめワークですか?
私が所属している会でも、よくやっていますよ」
そう言われて、少し驚きました。
どのような内容なのか、詳しく聞いてみたのです。
話を聞いてみると、そこで行われていたのは、
・声が大きくていいですね
・笑顔が素敵ですね
・印象が明るくていいですね
といった、外見や第一印象をお互いにほめ合う取り組みでした。
これはこれで、決して悪いことではありません。
その場の雰囲気は良くなりますし、ほめられた人の気分も上がります。
自己重要感も高まります。
ただ、話を聞きながら、私は少し考えてしまいました。
「それは、本当に長く続く効果だろうか?」
印象をほめる効果は、長続きしない
外見や雰囲気をほめられると、人は嬉しくなります。
その瞬間の気持ちは、確かに明るくなります。
しかし、このようなほめ方には一つの特徴があります。
効果が長続きしないのです。
なぜなら、それはその人の行動や努力ではなく、その場で見えた印象に対する評価だからです。
そして、もう一つの問題があります。
ほめられることに慣れてしまうと、ほめられない状態に満足できなくなることです。
最初は嬉しかった言葉も、やがて当たり前になり、さらに強い言葉を求めるようになります。
結果として、ほめることが目的になり、本来の成長や仕事への意識とは結びつかなくなってしまいます。
本当の「ほめほめワーク」とは何か
私が考える本来の「ほめほめワーク」は、少し視点が違います。
外見でも、性格でも、第一印象でもありません。
見るのは、行動です。
例えば、
・毎朝、誰よりも早く準備をしている
・トラブルが起きたとき、黙って対応している
・目立たない仕事を、当たり前のように続けている
・誰にも言われなくても、職場を整えている
こうした行動は、会社にとっても、社会にとっても、確実に価値があります。
しかし、多くの場合、こうした行動は評価されません。
派手な成果ではないからです。
数字に表れないからです。
報告もされないからです。
だからこそ、
誰かが気づき、言葉にして認めることが大切になります。
認められているのは「その人の存在」
行動を通して認められるとき、人が感じるのは単なる嬉しさではありません。
「見てもらえている」
「分かってもらえている」
という感覚です。
これは、外見や印象をほめられたときとは、まったく違うものです。
その人の努力や姿勢、つまり、その人のあり方が認められているからです。
このとき生まれるのは、自己重要感ではなく、自己有用感です。
「自分は役に立っている」
「ここにいていい」
という感覚です。
そして、この感覚は、長く続きます。
認めることが、組織の空気をつくる
本当の「ほめほめワーク」を続けている会社では、少しずつ変化が起きます。
目立つ人だけが評価されるのではなく、日々の積み重ねが認められるようになります。
すると、人は考え始めます。
「誰かが見てくれている」
「この仕事にも意味がある」
その結果、言われたことだけをやる組織から、
自分で考えて動く組織へと、空気が変わっていきます。
最後に
ほめること自体は、難しいことではありません。
大切なのは、何を見て、何を認めるかです。
印象をほめるのか。
行動を認めるのか。
目立つ成果だけを見るのか。
誰も気づかない努力を見るのか。
もし、職場の中で
「もっと主体性がほしい」
「もっと前向きに働いてほしい」
と感じることがあるなら、
まずは、その人の行動に、関心を持ってください。
目を向けてみてください。
その一言が、その人の働き方を変え、やがて、職場の空気を変えていきます。


