「任せたいとは思っているんです。でも、任せるとうまくいかない」
この相談も、経営者の方から本当によく受けます。
・任せたのに、結局最後は自分がやることになる
・部下が判断できず、止まってしまう
・期待したレベルに届かず、やり直しになる
・任せた結果、むしろ手間が増える
そうなると、経営者の頭の中にはこういう言葉が浮かびます。
「やっぱりまだ早かった」
「任せるだけの力がない」
「結局、自分でやった方が早い」
その気持ちはよく分かります。
私も部下をもったときに同じことを思っていました。
けれども、ここにも大きな誤解があります。
任せると失敗するのは、社員の能力が低いからではありません。
多くの場合、“任せ方”が設計されていないからです。
任せるとは「仕事」ではなく「判断」を渡すこと
そもそも、任せるとは何でしょうか。
ここを曖昧にしたままでは、必ず失敗します。
任せるというと、仕事を渡すことだと思われがちです。
しかし、本質はそこではありません。
任せるとは、仕事を渡すことではなく、判断を渡すことです。
たとえば、資料づくりを部下に任せたとします。
けれども、
「この表現は直して」
「この流れじゃだめ」
「ここはこうした方がいい」
と途中で何度も口を出し、最終的な判断はすべて上司がしている。
これでは作業を振っているだけで、任せているとは言えません。
部下からすれば、「どうせ最後は上司が決める」となります。
すると、自分で考える意味がなくなります。
指示を待つ方が安全です。失敗もしにくい。
こうして、指示待ちは再生産されていきます。
つまり、任せているつもりで、実は考える余地を奪っているのです。
判断基準がないと、人は動けない
もう一つ、任せると失敗する会社には共通点があります。
それは、判断基準が共有されていないことです。
社員が迷うのは当然です。
・何を優先すればよいのか。
・どこまで自分で決めてよいのか。
・何をもって「この会社らしい判断」なのか。
これが分からないまま「任せる」と言われても、動けるはずがありません。
だからこそ、任せる前に必要なのは、自由ではなく基準です。
・この会社は何を大切にするのか
・この仕事の目的は何か
・誰のための判断なのか
・どこまでが自分の責任範囲なのか
・迷ったとき、何を軸に決めるのか
これらが明確になっていれば、人は自分で判断しやすくなります。
逆に、ここが曖昧なままでは、任せるほど事故が起きます。
理念は「きれいごと」ではなく判断基準である
ここで重要になるのが、理念や価値観です。
理念というと、立派な言葉を掲げるものと思われがちですが、本来はそうではありません。
理念とは、日常の判断基準です。
「売上のためなら多少無理をしてもいいのか」
「お客様にとって本当に良いことは何か」
「社内で問題が起きたとき、誰を守るのか」
こうした場面で、どちらを選ぶのかを決めるOSのようなものです。
任せるためには、このOSが必要です。
OSがないのにアプリだけ動かそうとするから、止まるのです。
任せるかどうかを決めるのは「失敗の扱い方」
さらに、任せるには「失敗の扱い方」も決定的に重要です。
多くの会社では、任せた結果うまくいかなかったときに、
「だから言っただろう」
「やっぱり無理だった」となりがちです。
けれども、それでは次はもう挑戦しません。
人は失敗しないために動かなくなります。
本来、任せるというのは、最初から完璧を求めることではありません。
少しずつ判断を経験し、考え、修正しながら、自分のものにしていくプロセスです。
その途中では、当然ズレも起きます。
だから必要なのは、失敗を放置することではなく、失敗を学習に変える関わり方です。
・なぜその判断をしたのか
・どこまではよかったのか
・次に変えるとしたら何か
・この会社の基準に照らすと何が違ったのか
こうした対話があって初めて、任せることは育成になります。
任せるとは「放任」ではなく「設計」である
任せることがうまい経営者ほど、実は「丸投げ」をしません。
最初は範囲を区切り、責任を明確にし、途中で対話しながら少しずつ広げていきます。
つまり、任せるとは放任ではなく、設計された権限移譲なのです。
任せると失敗するのは、社員が頼りないからではありません。
本当の原因は、判断基準も責任範囲も、失敗の扱い方も曖昧なまま“任せたことにしている”ことにあります。
任せるとは、手を離すことではありません。
自分で考えて動けるように、基準と対話を渡すことです。
ここができて初めて、社長がいなくても回る組織に近づいていきます。


